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七十七銀行や十六銀行の
数字が持つ意味/ホームメイト

現在、日本には、数多くの銀行があります。その中には、「七十七銀行」(しちじゅうしちぎんこう)や「十六銀行」など、数字を冠した銀行が存在。これらの銀行のうち、明治時代に国の法律によって立てられた国立銀行を「ナンバー銀行」と呼びます。「七十七銀行や十六銀行の数字が持つ意味」では、ナンバー銀行について、数字が銀行名になった背景を踏まえて解説しましょう。

数字が銀行名になった背景

数字が銀行名になった背景
▲ナンバー銀行

江戸時代から明治時代になる頃、日本では通貨の整備が急がれていました。各藩が独自に発行する通貨に加え、政府が発行する通貨、民間の会社が発行する紙幣などが乱立していたのです。政府はこの事態を収拾させるために、1872年(明治5年)に「国立銀行条例」を制定します。「全国で出回る通貨を統一させましょう」という政策を打ち出したのです。

この政策に基づき、4つの「政府公認のもと紙幣を発行できる銀行」が誕生し、国立銀行と呼ばれるようになります。国立銀行の1番目は、「渋沢栄一」(しぶさわえいいち)によって設立された「第一国立銀行」(東京都中央区)で、現在の「みずほ銀行」(東京都千代田区)のことです。2番目は「第二国立銀行」(神奈川県横浜市)と呼ばれ、現在は「横浜銀行」(神奈川県横浜市)になっています。第三国立銀行は、大阪にできる予定でしたが、銀行設立の話が諸事情でなくなってしまい、3は欠番。なお、4番目に誕生した「第四国立銀行」(新潟県新潟市)は、「第四銀行」(だいしぎんこう)として営業をしていましたが、2021年(令和3年)1月1日に「北越銀行」と合併し、「第四北越銀行」と商号を変え、 営業を続けています。

このような経緯から、1879年(明治12年)には153番まで「ナンバー銀行」ができました。番号はすべて国が認可した順番です。その後、1882年(明治15年)に「日本銀行」(東京都中央区)が設立され、紙幣の発行を日本銀行が一手に行うようになると、国立銀行は普通銀行に転換。転換する際に、名称を変更した銀行や現在でも当時のナンバーをそのまま銀行名にしている金融機関もあります。

ナンバー銀行の現在について

ナンバー銀行の現在について
▲八十二銀行

現在、数字を冠するナンバー銀行は、「七十七銀行」(宮城県仙台市)、「十六銀行」 (岐阜県岐阜市)、「百五銀行」(三重県津市)、「百十四銀行」(香川県高松市)の4行と、統合前の行名を含む「第四北越銀行」、「十八親和銀行」(じゅうはちしんわぎんこう:長崎県長崎市)の計6行。十八親和銀行は、2020年(令和2年)10月1日に、「十八銀行」と「親和銀行」が合併してできた銀行です。

なお、銀行の中には、番号を含んでいる名前の銀行がいくつか存在しますが、ナンバー銀行とは無縁の銀行もあります。

例えば「八十二銀行」(長野県長野市)は、「第十九銀行」(長野県上田市)と「六十三銀行」(長野県長野市)が合併してできた銀行で、両行の数字である「十九」と「六十三」を足し合わせた「八十二」を取って名付けた名称で、「第八十二国立銀行」ではありません(ただし、合併前の両銀行はいずれもナンバー銀行です)。

また、「三十三銀行」 (三重県四日市市)は、「三重銀行」(三重県四日市市)と「第三銀行」(三重県松坂市)が合併してきた銀行で、両行の数字である「三」から取った、三+(プラス)三を漢字の「三十三」(さんじゅうさん)に見立てたもの。「第三十三国立銀行」とは無縁となっています。

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