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貸金業が株式会社日本保障に
引き継がれた武富士



武富士とは、実質上営業を終了させた消費者金融会社の名称です。現在は株式会社日本保証が武富士の業務の一部を引き継いでいます。ここでは武富士について紹介します。

武富士の沿革について

武富士の沿革について

武富士は1966年に武井保雄氏が創業した金融会社であり、高利でお金を融資することで多額の利益を上げていました。この利益をもとに大量のテレビCMを放映するなど、消費者金融に当時付いて回っていた悪いイメージを払拭させ、創業者である武井保雄が一代で武富士を業界トップにさせます。

しかし、2000年代の後半には金融法の改正などに伴い、グレーゾーン金利が廃止され、過払い金請求の支払いに追われたり、貸出金額に規制が生まれたりすると、一気に業績が悪化してしまい、2010年には会社更生法を申請します。この申請は翌年の2011年に受理され、武富士は債権者への配当を行なう業務しかできなくなり、金貸業務については第三者の法人にその業務を引き継ぐ必要性が出てきました。

このときに武富士の業務を引き継いだのが株式会社日本保証(旧・ロプロ)です。旧武富士は2013年現在、国に納めた税金を還付するため、また特定の企業に損害賠償請求を求めるためなどの要件によって、裁判を継続中です。業務を引き継いだ日本保証は、旧武富士の顧客と新規顧客に対して、新しい金融法に基づいて、引き続き融資事業を行なっています。武富士の名前をブランド名に付けることなく、日本保証独自の「個人向けフリーローン」や「おまとめローン」「不動産担保ローン」などの融資商品を主に取り扱っています。

社名変更の経緯について

社名変更の経緯について

1966年に武井氏が個人で起業した会社を「富士商事」と言い、東京の板橋で起業しました。2年後の1968年には社名を「有限会社武富士商事」とし、1974年に「株式会社武富士」として同時に改組します。1991年には、警視総督であった福田勝一氏を武富士の非常勤顧問に迎え入れるなど、政治的な意図を持った経営を行ない、1998年には東京証券取引所第1部に上場しました。

2002年には、日本経済団体連合会への加盟を果たします。金融法の改正を経て2009年に、武富士は資金繰りが悪化し、貸出業務が事実上停止し、2010年には東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請します。当時の負債総額は4,336億円でした。2011年に東京地方裁判所は、武富士の会社更生計画の認可を決定します。このあと、武富士は会社更生の手続きや各方面への弁済の手続きを行ないつつ、法人名を武富士からTFKに変更しました。