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りそな銀行に関する基礎知識



りそな銀行は、「旧大和銀行」と「あさひ銀行」が合併して発足した野村財閥系の銀行です。ここでは「りそな銀行」について説明します。

りそな銀行の概要

りそな銀行の概要

りそなとは、「共鳴せよ」という意味のラテン語の「resona」に由来しています。あさひ銀行の歴史は貯蓄銀行から始まります。日本は戦後、国策として貯蓄を強化していたので、日本国内において9つの貯蓄銀行がありました。

この9つの貯蓄銀行が発足した直後、日本はインフレになり、経営が思わしくなくなったため、貯蓄銀行は普通銀行に転身します。そのときに誕生したのが協和銀行です。その後、1991年に埼玉協和銀行、1992年にはあさひ銀行となります。このように日本貯蓄銀行の流れを引いています。

大和銀行はその前身が野村銀行であり、野村財閥の流れを引いています。大和銀行時代から、国会議事堂内に衆議院支店参議院支店を持っており、特に自民党に対する融資を積極的に行なっています。りそな銀行は東京にその本店がありますが、以前から近畿大阪銀行や奈良銀行などと親密な関係にあり、関西圏に強いのが特徴です。

りそな銀行と国有化について

りそな銀行と国有化について

2003年、発足当初のりそな銀行は、自己資本比率が低下していました。日本国内の銀行の自己資本比率は4%を基準としていますが、当時のりそな銀行は2%ほどまで下がっていました。このため、りそな銀行は政府に対して資本注入を申請し、政府はそれに応えます。その結果、約3兆円の公的資金が注入されることになります。

これを受け、りそな銀行は国有化されます。国有化された当時は、預金保険法において金融機関からの要請による資金投入は定められておらず、一部の関係者からりそな銀行だけを特別に救済したことに対する疑問の声が上がります。

しかし、各金融機関の経営の脆弱さが明るみに出始めていた時代背景もあって、りそな銀行のように倒産を未然に防ぐ目的で、銀行が政府に公的資金の投入を申請しても良いとするなど、預金保険法の改正が進められることになりました。当時は各金融機関ともに不良債権処理が遅れていただけでなく、政府は緊縮財政を強いられていたため、株価は下落の一途を辿っていました。

しかし、このりそな銀行の救済により、日本政府は国内外から評価され、株価が上昇していきます。また、国有化されたりそな銀行の再建には、外部から経営陣を招くなどの措置もとられ、これは現在の大企業における経営再建の手法のモデルケースとなっています。国有化されて10年を経た2013年5月には、りそなの社長が、投入された公的資金の完済目処が立ったことを、記者会見を通じて発表しました。