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赤色ギャング事件の概要と事件の背景



1932年10月6日に東京都大田区で発生した銀行強盗事件のことを「赤色ギャング事件」と言います。「赤色」は「せきしょく」とも「あかいろ」とも読みます。ここでは赤色ギャング事件について説明します。

赤色ギャング事件の概要

赤色ギャング事件の概要

赤色ギャング事件は、日本で最初に起こった銀行強盗事件で、犯人は日本共産党員でした。アメリカのギャング映画さながらの事件であったため「ギャング事件」と呼ばれています。被害にあった銀行は、東京都大田区の川崎第百銀行大森支店で、ここに覆面をした男が3人で押し入り、現金31,700円(現在の1億円に相当)を奪います。警察はすぐに動きますが、犯人逮捕には至りませんでした。

しかし、同時期に別の事件で取り調べを受けていた者が、とある暴力団の名前を口にし、その暴力団をたどっていくことで、最終的に「サイトウ」という名の男に突き当たります。サイトウの所持品から、盗まれた紙幣の番号と一致する紙幣が出てきたことから、サイトウが自供し、事件の解明が進みます。サイトウは日本共産党員であり、赤色ギャング事件の主犯格でした。

赤色ギャング事件の背景

赤色ギャング事件の背景

赤色ギャング事件の背景には、その当時の日本共産党の資金難がありました。当時の共産党はロシアの共産党の崩壊などを受けて、資金難に陥っていました。また共産党の外郭団体が警察によって検挙されたり、その影響で活動資金の援助が途絶えたりするなど、惨憺たる状況に追い込まれます。この状況を打開しようとして、金持ちの子息に美女を使って接近し共産党に入党させたり、恐喝事件を起こしたりします。

このような一連の流れの中で、共産党は銀行強盗を計画するようになります。強盗の知識を求めた共産党は、アメリカのギャング映画を見て、強盗を企てました。計画当初、不動貯蓄銀行(東京・白山)の襲撃などを計画しますが、失敗に終わりました。

その後、党員の中に大森の第百銀行に勤務する親族を持つ者がいることが分かり、共産党は内部事情が詳しく分かる大森の第百銀行に狙いを定め、10月6日に犯行を決行したのです。

赤色ギャング事件とスパイの存在

警察は独自に捜査をした結果、赤色ギャング事件の犯人を捕まえたと話しています。しかし、共産党内のスパイによって、事件にかかわった者を逮捕したとする説もあります。スパイが警察と通じていて、犯人の行動はすべて筒抜けになっていたのです。

なお、事件にかかわる一連の経緯について、共産党が否定していることもあります。事件当時、日本国内は共産党運動に対して、非常に神経質になっていたこともあり、治安維持法のもとで、「赤狩り」に利用されたという見方があるのも事実です。また、共産党は事件にかかわった者を「スパイである」とし、事件の犯人が非常に悩ましい立場に置かれた事件でもあります。